自動車メーカーが賀詞交換会の中止を決めたという。不景気で呼ばれる方も大変な時なので、このようなセレモニーは中止が一番だと思う。
私も違う企業ですが、来年の賀詞交換会に呼ばれているのですが行きたくないですね。
2008年12月14日日曜日
経営者思想と労働者思想
不景気である。企業努力も限界で雇用者の解雇が始まっている。解雇に不満をぶちまける労働者の行動がマスコミで取り上げられている。
一労働者として、ある日乗り込んでくる派遣労働者達に良い印象を持っていない。私は数十年の間企業の歯車として廉価な労働対価で働いてきた。それは、将来の高い労働力と高収入が待っているという、当時の当然至極な世間を信じての事であった。
ところが、別の企業でレベルを上げた派遣労働者が、私より高い労働単価で雇われて職場に登場した。彼らは、仕事をする能力が高いが職場に馴染む事もなく企業戦士として働いている。おかげで私は高いレベルの仕事に就けなくなった。
また、単純作業のためにも多くの人材が使われる事になった。彼らに専門知識はない。不要だ。私たちは彼らを安全に働かせるという、一見会社側の人間的行動を要求されるようになった。だが、日ごとに彼らは変わり、その度に一から心配が繰り返される。だが、私は一労働者である。彼らを監督していて責任は生じても会社側の人間ではない。
正社員という言葉は都合良く使われていると思う。会社側の社員とでも言うのか。不景気で解雇されているのは派遣社員だけではない。むしろ、彼らの登場で既に職場を去った正社員が多数居たことを忘れてはいけない。
社会が、曖昧の度合いを深めてきた結果として、経営者思想を持つ労働者が増えた。多くは正社員の中で多いように感じる。会社を良くしようとか言うことを労働者に求めるのが一般化している。実は、それは労働者の範疇ではない。労働者思想は、与えられた仕事を確実に効果的に実施することだが、それはルールを守るということ以外にない。ルールを作る経営者思想の欠落者がその作業を労働者に求め、いつかは自分も会社側になりたいという労働者の持つ願いの根底を操った結果として、それは登場した。
結局、労働者は「その他多数」である。踊らされるのである。その結果が今のマスコミに登場する労働者である。今を生き抜くために何を選択してきたか。単に不景気だけを理由にしていてはいけない。
彼らが、諦めてきた生き方を諦めずに苦労してきたのが正社員でもある。その違いを抜きにして踊らせたがるマスコミに気分を害しているのは私だけではないだろう。
一労働者として、ある日乗り込んでくる派遣労働者達に良い印象を持っていない。私は数十年の間企業の歯車として廉価な労働対価で働いてきた。それは、将来の高い労働力と高収入が待っているという、当時の当然至極な世間を信じての事であった。
ところが、別の企業でレベルを上げた派遣労働者が、私より高い労働単価で雇われて職場に登場した。彼らは、仕事をする能力が高いが職場に馴染む事もなく企業戦士として働いている。おかげで私は高いレベルの仕事に就けなくなった。
また、単純作業のためにも多くの人材が使われる事になった。彼らに専門知識はない。不要だ。私たちは彼らを安全に働かせるという、一見会社側の人間的行動を要求されるようになった。だが、日ごとに彼らは変わり、その度に一から心配が繰り返される。だが、私は一労働者である。彼らを監督していて責任は生じても会社側の人間ではない。
正社員という言葉は都合良く使われていると思う。会社側の社員とでも言うのか。不景気で解雇されているのは派遣社員だけではない。むしろ、彼らの登場で既に職場を去った正社員が多数居たことを忘れてはいけない。
社会が、曖昧の度合いを深めてきた結果として、経営者思想を持つ労働者が増えた。多くは正社員の中で多いように感じる。会社を良くしようとか言うことを労働者に求めるのが一般化している。実は、それは労働者の範疇ではない。労働者思想は、与えられた仕事を確実に効果的に実施することだが、それはルールを守るということ以外にない。ルールを作る経営者思想の欠落者がその作業を労働者に求め、いつかは自分も会社側になりたいという労働者の持つ願いの根底を操った結果として、それは登場した。
結局、労働者は「その他多数」である。踊らされるのである。その結果が今のマスコミに登場する労働者である。今を生き抜くために何を選択してきたか。単に不景気だけを理由にしていてはいけない。
彼らが、諦めてきた生き方を諦めずに苦労してきたのが正社員でもある。その違いを抜きにして踊らせたがるマスコミに気分を害しているのは私だけではないだろう。
2008年11月3日月曜日
幽霊会員
SNSにアカウントを持ったまま活動しない会員を幽霊会員というらしい。mixiでは活動無しで退会しない人が51%もいるらしい。
実は、インターネットってそうした活動に対しての強迫観念があって、リアルだと物理的に無理とか判断できるのに仮想空間ではできなかったりする。
例えば、100以上のサイトを公開、運営するなんて普通しないだろうと思うが、私はやっている。物理的には無理でも仮想空間ではやれてしまう。会員サイトスタイルをしているサイトばかりだけど、悲しいくらいに独善的なのでコンテンツ・マスターは私一人でコツコツつづけている。
mixiのような、一見リアル的なサイトに興味があった時期もあったが、結局参加することなく今を迎えている。自分以外の人が公開運営しているサイトに参加するのはできるだけ避けている。
実は、幽霊会員のような生活はリアルで嫌いなのだ。それを仮想空間に持ち込みたくないと思っているわけだ。自分が、コンテンツ・マスターならその心配はない。
実は、インターネットってそうした活動に対しての強迫観念があって、リアルだと物理的に無理とか判断できるのに仮想空間ではできなかったりする。
例えば、100以上のサイトを公開、運営するなんて普通しないだろうと思うが、私はやっている。物理的には無理でも仮想空間ではやれてしまう。会員サイトスタイルをしているサイトばかりだけど、悲しいくらいに独善的なのでコンテンツ・マスターは私一人でコツコツつづけている。
mixiのような、一見リアル的なサイトに興味があった時期もあったが、結局参加することなく今を迎えている。自分以外の人が公開運営しているサイトに参加するのはできるだけ避けている。
実は、幽霊会員のような生活はリアルで嫌いなのだ。それを仮想空間に持ち込みたくないと思っているわけだ。自分が、コンテンツ・マスターならその心配はない。
2008年10月4日土曜日
2008年9月23日火曜日
自民党はどこで衆議院選挙を実行したいのか
総裁選が終了した。予定通りなのか,麻生総理の誕生となった。次は、衆議院選挙。避けられない選挙だ。期限は決まっている。問題はどこで実行するか。
自民党が負ける確率は高い。そうなれば、痛みを少しでも軽減する手だてを考えるべきだろう。
総裁選以前は、総裁選後の国会開始時に合わせて実施するつもりだったろう。人は変革を求める。自民党の本質が変わっていなくても、人は変わってくれるだろうという希望を持ってしまう。希望があるのなら、新しいものより古いものに縋りたくなるのも人である。安心が欲しいからだ。
世界は人の意志とは関係なく動いている。今、日本は不景気に突入している。このままでは、日本は沈む。この段階で、選挙は危険だ。自民党にはその思いがあるだろう。そんな時は、選挙をするものではない。
個人的には来春こそ、自民党にとって最適な時期であると思う。それは、自民党のカッコ付けができるからだ。それでも負けるのなら、自民党の存在価値が無くなったということである。
自民党が負ける確率は高い。そうなれば、痛みを少しでも軽減する手だてを考えるべきだろう。
総裁選以前は、総裁選後の国会開始時に合わせて実施するつもりだったろう。人は変革を求める。自民党の本質が変わっていなくても、人は変わってくれるだろうという希望を持ってしまう。希望があるのなら、新しいものより古いものに縋りたくなるのも人である。安心が欲しいからだ。
世界は人の意志とは関係なく動いている。今、日本は不景気に突入している。このままでは、日本は沈む。この段階で、選挙は危険だ。自民党にはその思いがあるだろう。そんな時は、選挙をするものではない。
個人的には来春こそ、自民党にとって最適な時期であると思う。それは、自民党のカッコ付けができるからだ。それでも負けるのなら、自民党の存在価値が無くなったということである。
2008年9月15日月曜日
シンボルスポーツ応援とボランティア
9月13日に、12月初旬に開催している身体障害者卓球大会の打合せをして、12月7日に八代市東陽スポーツセンターで実施する事を決め、実行委員会長に打診した。
例年、12月上旬の日曜日に実施している行事で、所内年間行事にも記載されている。
さて、当日は、当社シンボルスポーツのラグビーの試合が大分県である。昨年、熊本であった時、大分の社員が応援に来たので、今年は大分の試合を見に行こうという話があるという。それを理由に、日にちを変更したらという話が飛び出した。
同じ日に、複数の行事が重なる事はある。だからと言って、所内で方針を決める行事を、シンボルスポーツの応援で変更するのはいかがなものなのだろう。
例えば、両方の参加者を天秤に掛けて、どうしてもボランティアより応援という人が多いというのなら仕方ないと思う。しかし、行事のみで変更というのは気分が悪い。
色々な考えがある。シンボルスポーツも良かろう。だが、それも企業としてはコストである。そのコストをボランティアと比較して取るという考えは、企業としてはあるまじき話ではないか。
11月30日は長崎である。12月14日は鹿児島である。社外の大会を開催するというのに、大分だけを特別扱いするのか。
例年、12月上旬の日曜日に実施している行事で、所内年間行事にも記載されている。
さて、当日は、当社シンボルスポーツのラグビーの試合が大分県である。昨年、熊本であった時、大分の社員が応援に来たので、今年は大分の試合を見に行こうという話があるという。それを理由に、日にちを変更したらという話が飛び出した。
同じ日に、複数の行事が重なる事はある。だからと言って、所内で方針を決める行事を、シンボルスポーツの応援で変更するのはいかがなものなのだろう。
例えば、両方の参加者を天秤に掛けて、どうしてもボランティアより応援という人が多いというのなら仕方ないと思う。しかし、行事のみで変更というのは気分が悪い。
色々な考えがある。シンボルスポーツも良かろう。だが、それも企業としてはコストである。そのコストをボランティアと比較して取るという考えは、企業としてはあるまじき話ではないか。
11月30日は長崎である。12月14日は鹿児島である。社外の大会を開催するというのに、大分だけを特別扱いするのか。
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